年収相場の調べ方|公的統計と公開求人を組み合わせて「提示できる幅」を出す手順
採用の副業をしていると、依頼先から「この職種、いくら出せば採れますか」と聞かれる場面がよくあります。求人票をつくるとき、スカウトの条件を決めるとき、内定の条件を考えるとき、どれも年収の目安がないと進みません。ところが、相場を「だいたいこのくらい」と感覚で答えると、外れたときに採用が止まり、依頼先からの信頼も失います。この記事では、公的な統計と公開されている求人を組み合わせて、依頼先がそのまま判断に使える「提示できる幅」を出す手順を書きます。
具体的な職種の年収の数字はこの記事では扱いません。数字は職種・地域・時期で変わるため、毎回調べ直すことを前提に、調べ方と渡し方を書きます。
この仕事の成果物は「相場メモ」
年収相場を調べる仕事の成果物は、数字一つではありません。依頼先が求人の条件を決めるために使える、短い資料です。この記事では「相場メモ」と呼びます。相場メモには、少なくとも次の四つを入れます。
| 項目 | 中身 | ないと何が困るか |
|---|---|---|
| 幅 | 下限と上限、その中で多いあたり | 1点の数字だと、少し外れただけで「相場と違う」になる |
| 根拠 | どの統計・どの求人を見たか、件数 | 依頼先が社内で説明できない |
| 前提 | 職種の範囲、経験年数、地域、月給か年収か | 比べる相手がずれていても気づけない |
| 示唆 | 依頼先の今の条件がどこにいるか、変えるならどこか | 調べただけで判断につながらない |
いちばん抜けやすいのが前提です。同じ「営業」でも、法人向けか個人向けか、経験何年を見るかで数字は大きく変わります。前提を書かずに数字だけを渡すと、依頼先は自社の求める人と違う相場をもとに条件を決めてしまいます。
手順1:公的統計で「全体の位置」をつかむ
最初に見るのは、厚生労働省の賃金構造基本統計調査です。調査の概要によれば、この調査は統計法に基づく基幹統計で、主要産業に雇用される労働者の賃金の実態を、雇用形態・就業形態・職種・性・年齢・学歴・勤続年数・経験年数別などに明らかにするものです。調査年の6月分の賃金について7月に調査が行われ、賞与などの特別給与は調査前年1年間の額が調べられます。
この統計の強みは、たくさんの事業所の実際の賃金をもとにしていることです。一方で、使うときには次の点に気をつけます。
- 今いる人の賃金である:募集の条件ではなく、すでに雇われている人の賃金です。中途採用で提示する額とは一致しません
- 時期がずれる:6月分の賃金を調べ、結果が公表されるまでに時間がかかります。動きの速い職種では、今の求人と差が出ることがあります
- 職種の分け方が粗いことがある:統計の職種の区分が、依頼先の求める仕事より広いことがあります
そのため、統計は「この職種の人は、だいたいこの位置にいる」という全体の位置をつかむために使います。年齢や経験年数、企業規模で区切った数字を見ると、依頼先が求める人がどのあたりにいるかが見えてきます。
手順2:公開されている求人で「今の募集の幅」を見る
次に、今まさに出ている求人を見ます。職業安定法第5条の3は、労働者の募集を行う者などに、業務の内容や賃金、労働時間などの労働条件を明示することを求めています。このため、公開されている求人には賃金が書かれており、今の募集の条件を知る材料になります。ハローワークインターネットサービスのほか、民間の求人サイトや競合する会社の採用ページも見ます。
求人を集めるときは、次の手順で進めると幅がぶれにくくなります。
- 条件をそろえる:職種・経験年数・地域・雇用形態を、依頼先の求める人に近いものにしぼる
- 件数を決める:数件だけだと偏るため、集める件数をあらかじめ決めておく
- 下限と上限を分けて記録する:「月給◯円〜◯円」の下限と上限を別の列に書く
- 年収と月給をそろえる:賞与や固定残業代の扱いを確かめ、同じ物差しに直す
- 外れ値を分ける:極端に高い・低い求人は、理由(管理職込み、歩合が大きいなど)を書いて別にする
求人の上限は、その会社が「この経験なら出してもよい」と考えている額で、実際に入社する人の多くは下限寄りのことがあります。上限だけを見て相場を高く見積もらないよう、下限と上限を分けて記録してください。
エラベルの見解
年収相場の調べ方でよくある失敗は、統計か求人のどちらか一方だけで答えることです。統計だけで答えると、今の募集の動きが反映されず、提示額が低すぎて応募が集まらないことがあります。求人だけで答えると、目立つ高い条件に引っぱられ、依頼先が払えない額を相場として伝えてしまうことがあります。
担当する側から見ると、価値があるのは二つの数字の差を説明できることです。「今いる人の賃金はこのあたりだが、今の募集ではこのくらい上で出ている。差があるのは、経験者の取り合いになっているからだ」と言えれば、依頼先は条件を上げるか、求める経験を広げるかを判断できます。二つを並べて差の理由まで書けることが、相場メモの質を分けます。
品質の基準:依頼先が社内で説明できるか
相場メモの品質は、依頼先の担当者がそれを持って社内の決裁者に説明できるかで決まります。担当者が「なぜこの額なのか」と聞かれて答えられなければ、条件は変わりません。次の点を確かめてから渡してください。
| 確認すること | 合格の目安 |
|---|---|
| 根拠が追えるか | 見た統計の表、集めた求人の件数と条件が書いてある |
| 前提がそろっているか | 職種・経験・地域・月給か年収かが、依頼先の求める人と合っている |
| 幅になっているか | 下限・上限・多いあたりが分かれている |
| 判断につながるか | 依頼先の今の条件が幅のどこにあり、変えるならどこかが書いてある |
数字の出どころを書くのは手間に見えますが、ここを省くと、依頼先が別の資料を見つけたときに「どちらが正しいのか」という話になり、説明に時間をとられます。根拠を書いておけば、違いが出ても前提の差として説明できます。
よくある差:同じ職種でも相場が割れる理由
調べていると、同じ職種なのに求人の額が大きく割れることがあります。この差を読み違えると、相場メモの示唆がずれます。よくある理由は次のとおりです。
- 仕事の範囲が違う:同じ職種名でも、担当する範囲や裁量が違えば額が変わる
- 給与の内訳が違う:固定残業代や手当を含むかどうかで、同じ月給でも中身が違う
- 会社の規模や業種が違う:同じ職種でも、規模や業種で給与の水準が分かれる
- 急いでいる会社がある:欠員で急いでいる会社は、上限を高めに出すことがある
エラベルの見解
もう一つ見てほしいのは、相場は「いくら出すか」だけでなく「誰を求めるか」とセットで変えられるということです。依頼先の予算が相場の下限に届かないとき、条件を上げるしかないと考えがちです。けれども、求める経験年数を少し広げる、必須の条件を一つ外すといった形で、予算の中で採れる人に合わせる道もあります。
採用の実務に関わってきた人は、額と求める人の組み合わせをいくつか並べて示せます。「この予算なら、この経験の人が現実的」「この経験を求めるなら、この額が要る」という形で選択肢を出すと、依頼先は判断しやすくなります。相場を調べるだけでなく、選択肢として渡せることが、この仕事を依頼先から頼られる仕事にします。
まとめ
- 成果物は数字一つではなく、幅・根拠・前提・示唆を入れた相場メモ
- 公的統計(賃金構造基本統計調査)で全体の位置をつかみ、公開求人で今の募集の幅を見る
- 統計は今いる人の賃金、求人は募集の条件。二つの差の理由まで説明する
- 品質の基準は、依頼先の担当者が社内で説明できるかどうか
- 額と求める人の組み合わせを選択肢として示すと、判断につながる
よくある質問
統計の数字と求人の数字、どちらを優先すればよいですか
どちらか一方を優先するのではなく、両方を並べて差の理由を書いてください。統計は今いる人の賃金、求人は今の募集の条件で、見ているものが違います。中途採用の提示額を決めるなら求人の幅を軸にし、統計は全体の位置を確かめるために使う形が多くなります。
求人がほとんど見つからない職種はどう調べればよいですか
近い職種や、同じ仕事を別の職種名で募集している求人まで広げて集めてください。それでも件数が少ない場合は、相場メモに「件数が少なく幅の確かさが低い」と書いたうえで、統計の位置と合わせて示します。足りない材料を隠さずに書くことも、品質の一部です。
依頼先の予算が相場より大きく低い場合はどう伝えればよいですか
数字だけを突きつけるのではなく、予算の中で採れる人の像と、求める人を採るのに要る額を並べて示してください。どちらを選ぶかは依頼先が決めることです。担当者の役割は、選んだ場合に何が起きるかを分かる形で示すことです。
本記事は 2026-10-16 時点の公開情報にもとづいて作成しています。
この記事のタグ
関連記事
- ジョブディスクリプションを書く|「仕事の中身」で読める求人票にする型 人事の副業で、ジョブディスクリプション(職務記述書・求人票の仕事欄)を書く型を整理しました。応募が来ない求人票に共通する形、書く前にそろえる三つの材料(要件の一枚・ターゲット像の一枚・いまうまくやっている人の一日)、六つの要素(この役割がある理由・任せる仕事・最初の三か月・一緒に働く人・求める経験・この会社で得られるもの)、抽象語を仕事の言葉に直す置き換え、必須と歓迎の書き分け、書いてはいけない表現、依頼側に確認してもらう順番、詰まりと直し方を、副業の担当者がその場で使える形で書いています。 人事副業採用・人事の実務
- 1on1を設計する|「上司に任せる」でも「担当者が話す」でもなく、「目的・頻度・型・記録・戻し方」を上司が回せる形にする型 人事の副業で、上司と部下の1on1を設計する型を整理しました。「1on1をやりましょう」と言うだけで形骸化する理由、設計の五つ(目的は本人の話したいことを聞く場・頻度は続けられる間隔・型は近況→本人が話したいこと→問いで整理→本人が決める次の一歩・記録は本人が決めたことだけ・戻し方は傾向を人事に)、評価や指示の場にしない線、上司の練習は模擬ではなく最初の数回の振り返り、話の中身は上司と本人の間に置き担当者は聞かない、目標管理との接続、詰まりと直し方を、副業の担当者がその場で使える形で書いています。 人事副業採用・人事の実務
- 文面を検証する|「一箇所だけ変えて、同じ層に、同じ時期に」で返信の差を読む型 人事の副業で、スカウト文面を検証する型を整理しました。検証が「なんとなく良くなった」で終わる理由、検証の三条件(一箇所だけ変える・同じ層に送る・同じ時期に送る)、変える箇所の優先順位(件名→一段落目→任せる仕事→迷う理由への先回り→結び)、記録の一枚(文面の名前・変えた箇所・送った層・件数・返信・面談)、件数が少ないときに差を断定しない線、検証の結果を型に戻す流れ、依頼側への伝え方、詰まりと直し方を、副業の担当者がその場で使える形で書いています。 人事副業採用・人事の実務
- 紹介会社への依頼書を作る|求人票の写しではなく、「紹介会社が推薦の判断に使う一枚」にする型 人事の副業で、人材紹介会社に渡す依頼書(求人依頼の一枚)を作る型を整理しました。求人票をそのまま渡すと推薦がずれる理由、依頼書の読者は紹介会社の担当者であってその先の候補者ではないこと、載せる八つ(なぜ採るか・任せる仕事・必須と歓迎・面接で確かめる項目・条件の幅・選考の流れと日数・過去に見送った理由・窓口と返事の期限)、必須は経歴で読める言葉で三〜五つ、条件は幅で額は面談で、候補者に見せてよい情報と紹介会社だけの情報を分ける、全社に同じ一枚を同じ日に渡す、月次で見送りの理由から依頼書を更新する、書いてはいけない項目、詰まりと直し方を、副業の担当者がその場で使える形で書いています。 人事副業採用・人事の実務
「実務スキル」の他の記事
- 媒体を提案する根拠の作り方|「この媒体が良い」を、ターゲット像と数字の見方で説明する型採用・人事の実務
- 評価シートを作る|「点数を付ける表」ではなく「事実と判断を分けて残す一枚」にする型採用・人事の実務
- 評価制度を設計する|「公平な点数」を目指さず、「観点・行動の言葉・面談・記録」の四つで、説明できる評価にする型採用・人事の実務
- 返信対応のテンプレート|返信の五つの型に、依頼側の名義で答える文面を先に用意する型採用・人事の実務
- 面接の設計|「何回・誰が・何を確かめ・どう記録し・誰が決めるか」を先に決める型採用・人事の実務
- 面接官トレーニングを行う|「講義」ではなく「一枚の読み合わせと、記録の振り返り」で揃える型採用・人事の実務