人事副業 / 人事の前提知識
転勤命令の有効性|最高裁が示した三つの場合と、育児・介護への配慮
副業で人事を受けていると、転勤の相談を受けることがあります。「本人が嫌がっているが命じられるか」「介護があると言われた」「拒否されたらどうするか」。転勤は、会社にとっては人員配置の手段ですが、本人にとっては生活そのものが変わる話です。しかも、命令の有効性は法的に判断されます。この記事は、転勤命令の前提を、厚生労働省の資料が引用する最高裁判決に沿って整理したものです。結論を先に書くと、厚生労働省のパンフレットは、最高裁の判決として「転勤命令について、業務上の必要性がない場合又は業務上の必要性がある場合であっても、他の不当な動機・目的から転勤命令がなされたとき、もしくは転勤命令が労働者に対し通常受け入れるべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときには、当該転勤命令は権利の濫用になる」という内容を引用しています。あわせて、育児・介護休業法第26条により、就業場所の変更を伴う配置の変更を行おうとする場合に、その変更で子育てや介護が困難になる従業員がいるときは、当該従業員の子育てや介護の状況に配慮しなければならないとされています。個別の事案の判断は弁護士にご確認ください。配置転換は配置転換の限界に、解雇は解雇の要件にまとめています。
最高裁が示した三つの場合
厚生労働省のパンフレット「適切な労務管理のポイント」には、裁判例(最高裁第二小法廷 昭和61年7月14日判決)として、次の内容が引用されています。
「転勤命令について、業務上の必要性がない場合又は業務上の必要性がある場合であっても、他の不当な動機・目的から転勤命令がなされたとき、もしくは転勤命令が労働者に対し通常受け入れるべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときには、当該転勤命令は権利の濫用になる。」
ここから、実務で確かめる三つが読めます。
| 確かめること | 判決の言葉 |
|---|---|
| 一 | 業務上の必要性があるか |
| 二 | 業務上の必要性があっても、他の不当な動機・目的から命じていないか |
| 三 | 労働者に対し通常受け入れるべき程度を著しく超える不利益を負わせるものでないか |
「業務上の必要性」の意味。必要性があると言えるかどうかは、個別の事案で判断されます。副業の人事が整えられるのは、なぜその人を、その時期に、その場所へ配置する必要があるのかを、事実として説明できる形にすることです。「誰でもよかったが、たまたま」では、必要性の説明になりません。
「不当な動機・目的」の意味。厚生労働省のパンフレットでは、退職勧奨や出向の文脈でも、退職に向かわせることを目的とした人事が問題とされた裁判例が紹介されています。転勤についても、本人に辞めてもらうことを目的とした配置は、この二つ目に当たり得ます。
「著しく超える不利益」の意味。転勤に伴う不利益は誰にでもありますが、判決は「通常受け入れるべき程度を著しく超える」ものかどうかを問題にしています。本人の家庭の事情(育児、介護、本人や家族の療養など)を聞き取り、記録に残したうえで、会社として何ができるかを検討する工程が要ります。
育児・介護への配慮と、労働条件明示
育児・介護休業法第26条。厚生労働省のパンフレットでは、事業主は、従業員に就業場所の変更を伴う配置の変更を行おうとする場合に、その就業場所の変更で子育てや介護が困難になる従業員がいるときは、当該従業員の子育てや介護の状況に配慮しなければならない、と説明されています。労働者を転勤させようとする場合、労働者の育児または介護の状況に配慮しなければならない、という整理です。
配慮の意味。「転勤させてはいけない」という定めではなく、「状況に配慮しなければならない」という定めです。実務としては、状況を聞き取り、時期をずらす、単身赴任の支援を手厚くする、在宅での勤務を組み合わせる、別の人を検討する、といった選択肢を実際に検討し、その過程を記録に残す形になります。配慮したと言えるかどうかの判断は、弁護士にご確認ください。
労働条件明示との関係。厚生労働省のリーフレットでは、2024年4月から労働条件明示事項が追加され、全ての労働契約の締結時と有期労働契約の更新時に「就業場所・業務の変更の範囲」の明示が必要になったと説明されています。「雇い入れ直後」の就業場所・業務の内容に加えて、これらの「変更の範囲」についても明示が必要になる、という整理です。転勤がある会社では、採用の段階でこの明示をどう書くかが、後の転勤の運用に直結します。
採用の段階で決まること。明示の「変更の範囲」をどう書くかによって、入社した人の前提が変わります。全国の事業所と書くのか、特定の地域に限るのか、職種を限るのか。ここを曖昧にしたまま採用し、後から遠方への転勤を命じると、行き違いが起きます。採用の支援も受けている副業の人事は、この明示の書き方と、実際の配置の運用をつないで設計できます。
エラベルの見解
担当する側から見ると、この領域で副業の人事が最も価値を出せるのは、「転勤の前に本人と話す工程を、制度として入れる」ことです。相談で見ていると、転勤の内示が一方的に告げられる依頼先が多くあります。本人は驚き、家庭の事情を後から伝え、会社は「もう決まったことだ」と押し切る。ここで関係が壊れます。判決が「通常受け入れるべき程度を著しく超える不利益」を考慮要素に挙げ、育児・介護休業法が状況への配慮を求めている以上、本人の事情を聞く工程は、制度として要ります。
具体的には、内示の前に「今の家庭の状況で、勤務地が変わると困ることはあるか」を聞く場を置きます。年に一度、全員に聞いておく形(自己申告)にすると、その都度聞くより負担が小さく、配置を考える段階で材料になります。聞いた内容は、本人の同意の範囲で人事が持ち、配置の検討に使います。この仕組みは、法令の要請に応えるだけでなく、本人の納得にも直結します。健康や家庭の事情に関わる情報を扱うので、誰がどこまで知るかの線も先に決めます。エラベルでは、依頼側が担当者の経歴を見て選ぶ仕組みなので、この設計ができる人は、人事制度の整備で選ばれています。
転勤の運用に落とす形
副業の人事が作るのは、次の形です。命令の有効性の判断は弁護士に渡します。
| 段階 | やること |
|---|---|
| 採用の段階 | 就業場所・業務の「変更の範囲」を労働条件明示に書く。実態と合っているか確かめる |
| 平時 | 年に一度、育児・介護・療養など勤務地に関わる事情を自己申告で聞く仕組み |
| 配置の検討 | なぜその人を、その時期に、その場所へ配置するのかを説明できる形にする |
| 内示の前 | 本人の事情を聞く場。聞いた内容を記録する |
| 配慮の検討 | 時期の調整、支援の内容、別の人の検討、在宅勤務の組み合わせ。検討した過程を記録 |
| 内示 | 伝える内容(時期、場所、役割、支援)、本人が考える時間、相談の窓口 |
| 本人が難色を示した場合 | 何が困るのかを具体的に聞き、会社としてできることを検討する。押し切らない |
| 記録 | 検討した選択肢、聞き取った事情、会社の対応を、事案ごとに残す |
記録が要る理由。「業務上の必要性」も「不当な動機・目的でないこと」も「配慮したこと」も、後から説明を求められたときには記録が根拠になります。内示のときだけ記録を残すのでは足りず、検討の過程から残します。
押し切らない。本人が難色を示したときに、繰り返し面談して同意を迫る形は、退職勧奨の場面で問題とされた「自由な意思決定を妨げる」構図に近づきます。詳しくは退職勧奨の進め方に整理しています。
転勤を前提としない働き方。近年は、勤務地を限定する社員区分を設ける依頼先も増えています。制度として持つかどうかは経営の判断ですが、採用の場面では、勤務地の扱いが候補者の応募の判断に直結します。明示の「変更の範囲」の書き方とあわせて、制度の設計を提案できます。
エラベルの見解
外に出してよいのは、労働条件明示の「変更の範囲」の設計、自己申告の仕組み、配置の検討の記録の様式、内示の前に本人と話す工程、配慮の選択肢の整理、記録の型までで、「この転勤命令は有効か」「この配慮で足りるか」「拒否されたらどうするか」といった判断は、弁護士の範囲です。特に、本人が応じなかった場合の扱い(懲戒や解雇に及ぶか)は、副業の人事が触れる場所ではありません。
担当する側から見ると、この領域で信頼されるのは、「会社の都合と本人の事情を、同じ机に並べられる」ことです。経営は配置の必要性を語り、本人は生活の事情を語る。どちらも正当で、どちらかが一方的に正しいわけではありません。副業の人事は、両方を事実として整理し、選択肢(時期をずらす、支援を厚くする、別の人を検討する、勤務地を限定する制度を作る)を並べます。そのうえで、判断は経営がし、法的な確認は弁護士がする。この役割に徹すると、どちらの側からも信頼されます。エラベルでは、依頼側が担当者を選べるので、この立ち位置を取れる人は、難しい配置の局面で頼まれています。
まとめ
- 厚生労働省が引用する最高裁の判決は、業務上の必要性がない場合、業務上の必要性があっても他の不当な動機・目的から命じられたとき、労働者に対し通常受け入れるべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときに、転勤命令は権利の濫用になる、という内容
- 育児・介護休業法第26条により、就業場所の変更を伴う配置の変更で子育てや介護が困難になる従業員がいるときは、その状況に配慮しなければならない
- 2024年4月から、就業場所・業務の「変更の範囲」の労働条件明示が必要。採用の段階の書き方が、後の転勤の運用に直結する
- 運用に落とすのは、採用の明示/平時の自己申告/配置の検討の説明/内示の前に本人の事情を聞く場/配慮の検討と記録/押し切らない終え方
- 「必要性」も「不当な動機でないこと」も「配慮したこと」も、記録が根拠になる。検討の過程から残す
- 副業の人事が持つのは仕組みと記録の設計まで。命令の有効性の判断は弁護士にご確認ください
よくある質問
本人が「介護があるので行けない」と言っています
育児・介護休業法第26条は、就業場所の変更を伴う配置の変更で子育てや介護が困難になる従業員がいるときは、その状況に配慮しなければならないとしています。実務としては、具体的に何が困るのか(誰の介護か、頻度、代わりの手段があるか)を聞き取り、時期の調整、支援の内容、別の人の検討、在宅勤務との組み合わせといった選択肢を実際に検討し、その過程を記録します。配慮したと言えるかの判断は弁護士にご確認ください。聞き取った情報は機微な個人情報なので、扱いの範囲も先に決めます。
拒否された場合、懲戒や解雇はできますか
その判断は弁護士の領域です。副業の人事が答える場所ではありません。実務としてできるのは、なぜ応じられないのかを具体的に聞き取り、会社としてできることを検討し、その過程を記録することです。繰り返し面談して同意を迫る形は、別の問題を生みます。懲戒や解雇に踏み込む前に弁護士に相談する形を、依頼先と決めておきます。懲戒の手続は懲戒処分の要件に整理しています。
採用のときに「全国転勤あり」と書いておけば大丈夫ですか
労働条件明示で就業場所・業務の「変更の範囲」を書くことは必要ですが、書いてあれば命令が常に有効になる、という関係ではありません。厚生労働省が引用する判決は、業務上の必要性、不当な動機・目的の有無、著しく超える不利益の有無を挙げています。明示は前提として整えたうえで、個別の配置では必要性の説明と本人の事情への配慮が要る、という理解になります。明示の書き方は実態と合わせることが重要で、実際には限られた範囲でしか配置しないのに広く書くことは、別の行き違いを生みます。明示のルールは入退社手続きの流れに整理しています。