人事副業 / 人事の前提知識
労働基準法の押さえどころ|副業の人事が条文を引ける状態にしておく地図
副業で人事を受けていると、労働基準法は「全部覚えるもの」ではなく「必要なときに正しい条文を引けるようにしておくもの」だと分かってきます。この記事は、副業の人事が関わる条文を地図として並べたものです。結論を先に書くと、押さえる軸は三つ。第13条の「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による」という強行法規としての性格、義務の単位が原則として事業場であること、そして「労使協定がなければできないこと」の一覧です。個別の判断は労働基準監督署にご確認ください。労働時間の全体像は労働時間の原則と例外に、就業規則は就業規則の作成義務にまとめています。
総則の五か条
第1条(労働条件の原則)。第1項は「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」、第2項は「この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない」と定めています。
第2条(労働条件の決定)。「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである」。第2項は、労働協約、就業規則および労働契約を遵守し、誠実に各々その義務を履行しなければならないと定めています。
第3条(均等待遇)。「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない」。職業安定法第3条(均等待遇)とは列挙項目が違う点に注意します。募集段階の枠は職業安定法の押さえどころにまとめています。
第4条(男女同一賃金の原則)。「使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない」。賃金についての規定であり、募集・採用や配置の差別は男女雇用機会均等法の枠です。性別による募集差別の禁止を参照してください。
第5条・第6条。第5条は強制労働の禁止、第6条は中間搾取の排除(「何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない」)。第6条は、採用支援を業として行う場面で関わる条文です。
第9条(定義)。「この法律で『労働者』とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所…に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」。第10条は「使用者」を「事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者」と定義しています。労働者性の判断枠組みは業務委託と雇用の境界にまとめています。
第13条(この法律違反の契約)。「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による」。当事者が合意しても、基準を下回る部分は無効になるという構造です。ここが、労働基準法を読むときの出発点になります。
分野ごとの入口
副業の人事が関わる条文を、場面ごとに並べます。
| 場面 | 主な条文 | 詳しく |
|---|---|---|
| 採用・契約 | 第15条(労働条件の明示)、第16条(賠償予定の禁止)、第17条(前借金相殺の禁止) | 雇用契約書に書くこと、労働条件明示義務の改正点 |
| 試用・解雇 | 第19条(解雇制限)、第20条(解雇の予告)、第21条(適用除外)、第22条(退職時等の証明) | 試用期間の扱い、解雇の要件 |
| 契約期間 | 第14条(契約期間等) | 有期雇用と無期転換 |
| 賃金 | 第24条(賃金の支払)、第26条(休業手当)、第37条(割増賃金) | 休憩・休日のルール、みなし残業(固定残業代)の扱い |
| 労働時間 | 第32条、第32条の2〜第32条の5、第38条、第38条の2〜第38条の4、第41条 | 労働時間の原則と例外、変形労働時間制の要件 |
| 休憩・休日 | 第34条、第35条 | 休憩・休日のルール |
| 時間外・休日労働 | 第33条、第36条 | 36協定の基本、時間外労働の上限規制 |
| 年次有給休暇 | 第39条 | 年次有給休暇の付与ルール |
| 妊産婦 | 第64条の2、第64条の3、第65条、第66条、第67条 | 産前産後休業の制度 |
| 就業規則 | 第89条〜第93条 | 就業規則の作成義務 |
| 記録・周知 | 第106条(周知)、第107条(労働者名簿)、第108条(賃金台帳)、第109条(記録の保存) | 本記事の後半 |
義務の単位は事業場です。第89条の就業規則、第36条の三六協定、第90条の意見聴取、施行規則第52条の2の周知。いずれも事業場ごとに考えます。本社でまとめて処理できると思い込んでいる会社が多いので、事業場の一覧を作るところから始めます。
賠償予定の禁止(第16条)。「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」。研修費用の返還や、資格取得費用の精算といった制度を設計するときに関わります。制度の適否は弁護士にご確認ください。
エラベルの見解
担当する側から見ると、労働基準法は条文の中身より「引ける状態」を作ることが先です。案件に入って条文を全部読み直す時間はありません。必要なのは、相談が来たときに「これは第何条の話か」を三十秒で当てられることです。
実務で勧めているのは、自分用の一枚の索引を作ることです。左に場面(採用、試用、時間、休憩、休日、有給、賃金、解雇、就業規則、記録)、右に条番号。e-Gov法令検索で本文をすぐ開けるようにしておく。そして、条文を引いたら原文をそのまま会社に見せる。解説を挟まないほうが、会社は納得します。
もう一つ、第13条をいつでも出せるようにしておくと、多くの議論が短く済みます。「本人が同意しているから」「就業規則にそう書いてあるから」という説明に対して、「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする」という一文を見せる。合意の有無が争点ではない、という枠組みが伝わります。
そして、副業の人事が持つのは手続と材料と設計であって、法的な結論ではありません。条文を引けることと、その適用を判断することは別です。ここを混同すると、会社にとっても自分にとっても危うい。引ける状態を作り、材料を揃え、判断は専門家に渡す。この線を守れる人が、制度まわりで長く頼まれています。
労使協定が要る場面と、記録の保存
労使協定の一覧。施行規則第6条の2第1項は、過半数代表者を必要とする規定を列挙しています。これがそのまま「労使協定が関わる場面の一覧」になります。
| 条文 | 内容 |
|---|---|
| 第18条第2項 | 貯蓄金の管理 |
| 第24条第1項ただし書 | 賃金の一部控除 |
| 第32条の2第1項 | 一箇月単位の変形労働時間制 |
| 第32条の3第1項 | フレックスタイム制 |
| 第32条の4第1項・第2項 | 一年単位の変形労働時間制 |
| 第32条の5第1項 | 一週間単位の非定型的変形労働時間制 |
| 第34条第2項ただし書 | 休憩の一斉付与の例外 |
| 第36条第1項 | 時間外及び休日の労働(三六協定) |
| 第37条第3項 | 月六十時間超の割増賃金に代わる代替休暇 |
| 第38条の2第2項 | 事業場外みなし労働時間制 |
| 第38条の3第1項 | 専門業務型裁量労働制 |
| 第38条の4第2項第一号 | 企画業務型裁量労働制の労使委員会の委員の指名 |
| 第39条第4項・第6項・第9項ただし書 | 年次有給休暇の時間単位・計画的付与・賃金 |
| 第90条第1項 | 就業規則の作成・変更についての意見聴取 |
過半数代表者の要件(施行規則第6条の2第1項)。「法第四十一条第二号に規定する監督又は管理の地位にある者でないこと」と、「法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であつて、使用者の意向に基づき選出されたものでないこと」。第3項は不利益取扱いの禁止、第4項は必要な配慮を定めています。
届出が必要なもの。三六協定、一箇月単位・一年単位・一週間単位の変形労働時間制、清算期間が一箇月を超えるフレックスタイム制、事業場外みなしのうち協定で時間を定める場合、専門業務型裁量労働制、企画業務型裁量労働制の決議、就業規則。届出先は所轄労働基準監督署長です。
周知(第106条第1項)。この法律及びこれに基づく命令の要旨、就業規則、各種の労使協定および決議を、掲示・備付け・書面の交付その他省令で定める方法により労働者に周知させなければならない、とされています。
記録の保存。
| 記録 | 根拠 | 期間 |
|---|---|---|
| 労働者名簿 | 第107条、第109条 | 五年間(附則により当分の間三年間) |
| 賃金台帳 | 第108条、第109条 | 同上 |
| 雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類 | 第109条 | 同上 |
| 年次有給休暇管理簿 | 施行規則第24条の7 | 有効期間中及び満了後五年間(当分の間三年間) |
| 三六協定の健康福祉確保措置の実施状況 | 施行規則第17条第2項 | 有効期間中及び満了後五年間(当分の間三年間) |
| 裁量労働制の同意・撤回等の記録 | 施行規則第24条の2の2第3項第四号 | 有効期間中及び満了後五年間(当分の間三年間) |
「五年間」と「三年間」の関係。労働基準法の附則第143条第1項は「第百九条の規定の適用については、当分の間、同条中『五年間』とあるのは、『三年間』とする」と定め、施行規則の附則第71条も、第24条の7などの規定の適用について「当分の間、これらの規定中『五年間』とあるのは、『三年間』とする」としています。実務では三年間が当面の下限ですが、五年に戻る前提で設計しておくほうが安全です。
罰則。第119条第1号は、第32条、第34条、第35条、第36条第6項、第37条、第39条(第7項を除く)などの規定に違反した者を「六月以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金」に処するとしています。
労働契約法との関係。労働基準法が最低基準と罰則を定めるのに対し、労働契約法は契約のルールを定めています。第93条は「労働契約と就業規則との関係については、労働契約法第十二条の定めるところによる」として、両者をつないでいます。
エラベルの見解
外に出してよいのは、条文の索引、事業場の一覧、労使協定の棚卸し、届出と周知の段取り、記録の保存の設計までで、「この運用が違反に当たるか」「この契約条項が有効か」といった個別の判断は、労働基準監督署や社会保険労務士、弁護士の範囲です。
担当する側から見ると、この地図が一番効くのは案件の初回です。会社に入って最初にやるのは、労使協定の棚卸しです。何を結んでいて、何を届け出ていて、有効期間はいつまでか。この一覧を作ると、たいてい抜けが見つかります。届け出ていない協定、期限が切れている協定、そもそも結んでいない協定。
そして、そのすべてが過半数代表者の選出手続という一点に集まります。ここが崩れていると、三六協定も変形労働時間制もフレックスも有給の計画的付与も、土台が同じところで揺らぎます。逆に、選出手続を一度きちんと回すと、全部が固まる。少ない手数で効く場所を知っているかどうかが、外部から入る人事の価値です。
もう一つ、記録の保存期間は、会社が思っているより長くなっています。施行規則の附則により当分の間は三年間ですが、条文そのものは五年間です。採用管理システムや勤怠システムのデータ保持設定が三年未満になっている会社があるので、あわせて確かめます。候補者情報の保有期間で扱った個人情報の消去の設計と、方向が逆になる場面があるので、両方を並べて整理します。
まとめ
- 第13条は、この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約をその部分について無効とし、この法律で定める基準によるとしている
- 第1条第2項は、この法律の基準が最低のものであり、これを理由として労働条件を低下させてはならないこと、向上を図るように努めなければならないことを定めている
- 第3条(国籍・信条・社会的身分)と第4条(女性であることを理由とする賃金の差別)は、対象が限定されている。募集・採用の差別は別の法律の枠
- 義務の単位は原則として事業場。就業規則、三六協定、意見聴取、周知のいずれも事業場ごと
- 労使協定が要る場面は施行規則第6条の2第1項の列挙で一覧できる。過半数代表者の要件は管理監督者でないことと、選出手続の適正さ
- 記録の保存は五年間(附則により当分の間三年間)。第119条第1号の罰則は六月以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金。個別の判断は労働基準監督署にご確認ください
よくある質問
本人が同意していれば、法定を下回る条件でもよいですか
労働基準法第13条は「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による」と定めています。合意の有無にかかわらず、基準を下回る部分は無効となり、法定の基準に置き換わる構造です。また第1条第2項は、この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者はこの基準を理由として労働条件を低下させてはならない、としています。個別の判断は労働基準監督署や弁護士にご確認ください。
就業規則や労使協定は、本社でまとめて作れますか
労働基準法第89条は「常時十人以上の労働者を使用する使用者」に就業規則の作成と届出を求めており、届出先は事業場を所轄する労働基準監督署長です。第36条第1項も「当該事業場に」と書いています。したがって、原則として事業場ごとに作成・締結し、それぞれ届け出る形になります。なお、一定の要件を満たす場合に本社一括での届出が認められる取扱いがあるため、自社が該当するかは所轄の労働基準監督署にご確認ください。
記録は何年保存すればよいですか
労働基準法第109条は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類について、五年間の保存を定めています。あわせて、労働基準法施行規則の第24条の7(年次有給休暇管理簿)、第17条第2項(三六協定の健康福祉確保措置の実施状況)、第24条の2の2第3項第四号(裁量労働制の記録)なども五年間としています。ただし、施行規則の附則第71条は「当分の間、これらの規定中『五年間』とあるのは、『三年間』とする」と定めています。自社の保存期間の設定については、労働基準監督署や社会保険労務士にご確認ください。